人を傷つけること
したくないとしないようにと思っていてもそうなっていることもある
自分を人を責めたくないと思っていても責めてしまうこともある
それも、反応してしまう苦しみがあるからこそ起きることのように私は思います。
今日の私は自分の心が大揺れしていました。
私は幼い頃、見えないものが見えてしまう、そして、うまく区別のつかない日々を過ごしていました。
そして母は全く見えません。
これも隔世遺伝だからこそです。
だからこその行き違いが起きていたことが多々あります。
それは母と私の目に映る真実が違うからです。
そのことから、この行き違いは、見えていたから起きたのだ
そう思う出来事がたくさんありました。
それでも、中には疑いもしなかったことがあったことに気が付いたのです。
そして、それによって心が傷つき、どこかで母を責めていたことも。
大けがをして歩いてる人にぶつかって知らんぷりする母。
なんで?ひどいよ。
そう思う娘。そう、その大けがした人は霊((+_+))もちろん母には見えません。
たとえて言うのなら、このような行き違いが小学校に上がるまで続いたのです。
私は、幼稚園児。
仕方ないことなのに、自分を責めました。
その自分も、受け入れ。
ただ受け入れ。
落ち着きました。受け入れたからこそ落ち着いていられる。
それは、スピリチュアルパワーは私の個性。
仕方ない。
幼稚園児が見えている世界を疑うことなんてできなくて当然。
それも仕方がない。
誰も悪くない。どこにも犯人は存在しないのです。
だからこそ、抱えてしまったことから解放されてもいいじゃないか。
そのためにできることをします。
私を特殊だと思うでしょうか?
それは起きている現象は変わっているかもしれませんが。
出方が違うだけで、悩める方に同じようなことが起きるときがあると思います。
ただ一つ言えることがあるとしたら、
誰もが自分さえも歓迎したくない事・行為を望んでいるわけではなく
そうせざるを得ない
ただそれだけなのかもしれません。
自分を責めてしまう・・・・人を責めてしまう・・・・自信を持てずにいる・・・・自分を否定してしまう
いろんなことがあると思います。
そうせざるを得ない苦しみ・辛さがあったら・・・・
一人で抱えないでくださいね。
愛と光りが輝きますように・・・・蓮美咲
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